5.10.2012

時代は繰り返しますね、高城さん。

東京4日目。
天晴れ快便。


快便で、ウンコ座り aka ヤンキー座りのできない俺にとって、
和式便所というものは実に厄介であるわけだ。
さらに、熊本で何不自由の無い、利便性に満ちあふれた、
いわゆる当たり前で、いわゆる当然な生活をしていた俺が住んでいるのは、
マイメンゆーいちろーんちであり、それは極端に言えば、
室内でありながらキャンプをする、
といったような場所なのだ。
しかしキャンプという意識は俺にはもうない。
これが、ここでのいわゆる当たり前で、いわゆる当然な生活なのだから。
海外で過ごした日々を思い出させてくれるような、
不便でありながら便利で、
温もりがないようで温もりのある、
何故か心地よさを感じる生活。


熊本の実家に在る、そこら中のどこにでも存在する、
当たり前で当然な何か、利便性のある何か、
その何かは、ここにはない。


その何かがあった生活から、その何かのない生活にシフトして、
もう馴染みつつある僕は、何なんだろう?
東京でそんな場所に自ら身を置いている彼は何なんでしょう?


だけど確かな事もあって、
もし俺が自分で部屋を見つけて住むのであれば、
部屋にひとつのウンコ座りをしないでよいトイレ、
部屋にひとつのキッチンと呼べるキッチン、
部屋にひとつの温水の出る蛇口、
部屋にひとつのシャワールーム、
そんなものがある部屋に住むということ。


すごく矛盾しているようであるけれど。


でもここが心地よく感じるのは、過去の経験があるからではないだろうか。
そんなものを心地よく感じる経験があったからではないだろうか。
そしてそんな俺なりの確かな事がありながら、ここに住めるのには理由がある。

熊本の実家に在る、そこら中のどこにでも存在する、
当たり前で当然な何か、利便性のある何か、
その何かは、ここにはない、と言ったが、
だけど、そこら中のどこにでも存在する神秘は、
ここにもあるからなのだ。

別に部屋がどうこう言いたいわけではない。
当たり前なんて、全て当たり前のようだし、
当たり前なんて、全て当たり前じゃないようだし、
当たり前のように。
そう、ように。
みんなlikeで生きてるんだよたぶん。
俺も。
でもこのlikeがけっこう危ないってゆーか。
このlikeから解放されて、likeへ。
もうlikeでもloveでもhateでもなんでもいいよ。
fuckin awesomeでfuck youってみんなに言えるような解放が必要なんだな。
like Jason Dill。
このlikeはいいんだよまざふぁか。
とりあえずExodus!!!!!!!!!!
物理的にでも精神的にでもいい。

自分なりのExodus!!!!!!!!!!!!

自分からのExodus!!!!!!!!!!!!
これも時に必要なことかも。

Movement of Jah people!!!!!!!!!!
Movement of Japanese people!!!!!!!!

と、わけわかんないこと言うだけ言って、
難しく考えてしまい、わけわかんなくなるので、
僕は僕なりにいこうと思います。


FUCK U